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那覇地方裁判所 平成4年(行ウ)10号 判決

原告 具志孝正

被告 沖縄国税事務所長

代理人 中尾重憲 那須誠也 友利勝彦 ほか二名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告の平成二年一二月二一日付けの沖縄国税事務所職員新垣仙一が福岡高等裁判所那覇支部平成二年(ネ)第一四号損害賠償請求控訴事件の証人として証言することを不許可とする処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、前記損害賠償請求控訴事件(控訴人は本件の原告と同じ。)において、原告が、右事件の被控訴人本人尋問の結果につき、同人の供述の信用性を争うため、当時沖縄税務署の職員を証人申請したところ、同人が職務上の秘密に該当するとして証言できない旨回答したため、裁判所が被告に対し、税務署の職員の証言につき許可を求めたところ、被告は、右職員が証言することを不許可としたため、原告が、被告に対し、右不許可処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、昭和五二年一〇月二〇日付けで、同月一五日売買を原因として、原告から訴外安谷屋時榮(以下「訴外安谷屋」という。)に所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がされている。

2  そこで、原告は、訴外安谷屋を被告として、原告が訴外安谷屋から三八〇〇万円を借り受けるにつき、本件土地に担保権を設定するため、その登記に必要な委任状を交付したにもかかわらず、訴外安谷屋はこれを利用して本件登記手続をしたとして、本件登記の抹消登記手続を求めて訴えを提起した(以下「第一次訴訟」という。)が、第一審及び控訴審はいずれも原告が敗訴し、昭和六二年九月四日には上告棄却の判決が言渡され、原告敗訴の判決が確定した。

3  原告は、昭和六三年七月三日、第一次訴訟の控訴審における被控訴人(訴外安谷屋)本人尋問において、同人が虚偽の陳述をしたために裁判所が判断を誤り、敗訴判決を受け損害を被ったことを理由として、訴外安谷屋を被告として、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(以下「第二次訴訟」という。)を提起したが、第一審及び控訴審はいずれも原告が敗訴し、平成三年一〇月二五日には上告棄却の判決が言渡され、原告敗訴の判決が確定した。

4  原告は、右第二次訴訟において、那覇税務署が本件登記の目的について反面調査をし、訴外安谷屋が、右調査の際、右登記が譲渡担保の目的でされたことを認めた事実があり、第一次訴訟の控訴審における訴外安谷屋の供述は虚偽である旨主張し、その立証のため、別紙尋問事項書記載の事項(以下「本件尋問事項」という。)に関して、訴外安谷屋に対する税務調査を担当した元那覇税務署職員の訴外新垣仙一(以下「訴外新垣」という。)を証人として申請し、裁判所はこれを採用したが、同人は、守秘義務を理由として裁判所への出頭を拒否したため、裁判所は、被告に対し、訴外新垣の証言を許可するよう求めたが、被告は、平成二年一二月二一日付け文書をもって、訴外新垣の証言を許可しない旨回答した(以下「本件処分」という。)。

5  原告は、平成元年一〇月三日、福岡高等裁判所那覇支部に対し、訴外安谷屋が第一次訴訟の控訴審における被控訴人本人尋問で虚偽の陳述をしたことについて、過料の制裁を求める申立てをしたが、同裁判所は、平成三年三月二九日、右申立てについて職権を発動しないこととし、その旨原告に通知した。

6  原告は、平成三年二月一五日、国税庁に対し、本件処分の取消しを求める審査請求をしたが、国税庁は、平成四年一月七日、右請求を棄却する旨の裁決をした。

二  争点

1  処分性について

(一) 原告の主張

取消訴訟の対象となる処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。

本件で、裁判所が被告に対して証言の許可を求めたのは、国家公務員法一〇〇条二項に定める許可を促すと同時に、民事訴訟法二七二条一項に基づいて承認を求めたものであり、被告が裁判所に対して許可しない旨の回答をしたのは、証言を不許可としたことを通知すると同時に、裁判所の承認請求に対して、不承認の意思を表明したものである。

被告の右不許可及び不承認は、公権力の行使として行ったものであり、被告の右処分により、原告が申請した訴外新垣証人の取調べができなくなったのであるから、原告の裁判を受ける権利を侵害したものであり、仮にそうでないとしても、本件処分は、当事者が自己に有利な証人を申請し、取調べを求めることができるという当事者に認められた法律上の利益に直接の影響を及ぼすものであり、また、被告の本件処分により、原告は、原告の主張を裏付ける唯一の証拠である証人を尋問する機会を奪われたことになるから、被告の本件処分は、行政庁の処分として取消訴訟の対象となる。

(二) 被告の主張

(1) 当事者が訴訟手続において証拠申請をしたり、証人尋問を請求し得る地位は、訴訟法上の権能であって、憲法三二条によって保障されている裁判を受ける権利には含まれない。

即ち、憲法三二条に定める裁判を受ける権利は、純然たる訴訟事件の裁判については公開の法廷における対審及び判決によってされるべきことを保障したものであって、裁判所の組織、管轄、審級制、裁判権等の訴訟制度や訴訟手続は法律によって定められるものであるから、この点に関する法律の定めについては、憲法三二条違反を生じない。

そうすると、民事訴訟における証拠の取調べについても、その規定に定める範囲内においてのみ、その取調べを求めることができるところ、本件のように、民事訴訟法の規定に従って証言が拒絶され、その証言について監督官庁の承認が得られなかったとしても、そのことから直ちに原告の裁判を受ける権利が侵害されたことにはならない。

(2) また、証人は、民事訴訟法上の証拠方法の一つであって、証人の一人が証言を拒絶しても、他の証拠方法による証拠調べは何ら妨げられないから、この点からも、証言の拒絶や証言の不承認が当事者の裁判を受ける権利に影響を与えるということはできない。

(3) また、本件処分は、被告から福岡高等裁判所那覇支部に対してされたものであり、一連の訴訟手続の中でした国家機関相互間の行為にすぎず、行政処分に該当しない。

(三) 右被告の主張(3)に対する原告の反論

本件処分が、直接原告に対してされたものではないとしても、右処分によって、原告が申請した証人の取調べができなくなる点で、原告の裁判を受ける権利の範囲を確定する直接の法律上の効果を有するものであるから、行政事件訴訟法三条二項の行政処分に該当する。

2  訴えの利益について

(一) 原告の主張

原告は、第一次訴訟の控訴審において被控訴人本人が虚偽の陳述をしたことにつき、過料の制裁の裁判を得て、第二次訴訟につき再審の訴えをする予定であり、その場合に本件処分の効果が存したままでは原告の立証の妨げとなるので、右処分の取消しを求める利益が存する。

(二) 被告の主張

第二次訴訟は、平成三年一〇月二五日の上告棄却判決の言渡しにより原告敗訴の第一審判決が確定し、全ての訴訟手続が終了しており、原告は、訴えの利益を有しない。

なお、原告は、訴外安谷屋が、第一次訴訟の控訴審における被控訴人尋問において虚偽の陳述をしたことにつき、過料の制裁を求める申立てをしたが、右申立てについては、裁判所は職権の発動をしないことにした。

当事者の虚偽陳述を理由に再審の訴えを提起するには、原則として、その虚偽の陳述につき過料の裁判が確定していなければならないところ(民事訴訟法四二〇条一項七号、二項)、右のとおり訴外安谷屋に対する過料の制裁はされなかった。

よって、原告の主張は、全くの実現の見込みはなく、本件訴えは、訴えの利益が存せず、不適法であるから、却下されるべきである。

3  本件処分の違法性

(一) 守秘義務について

(1) 原告の主張

被告は、所得税法二四三条に定める守秘義務を理由として、訴外新垣の証言を許可しなかったが、同条や国家公務員法一〇〇条一項にいう秘密とは、非公知の事実で、実質的にも秘密として保護に値するものを指すと解されるが、原告は、税務署から譲渡所得の申告を促されたため、本件登記の目的が担保であることを説明し、税務署に対し、その旨の念書を提出しているのであるから、この点についての税務署の判断とその根拠を知る正当な利益を有しており、また、本件のような場合、税務署が登記簿上の買主に対して反面調査をし、原告の説明の真否を確認しているはずであり、原告の説明が正しいか否かにつき確認した事実は秘匿すべきことではなく、また、原告にとって訴外新垣証人の証言が不可欠であることからすれば、本件尋問事項について守秘義務は生じない。

そうであれば、被告の本件処分は、訴外新垣証人が証言する義務の履行を不当に妨げるものであり、法律上の根拠のない違法なものである。

(2) 被告の主張

民事訴訟法二七二条で、裁判所が公務員を証人として職務上の秘密につき尋問する場合においては、当該監督官庁の承認を得なければならないとするのは、秘密事項を公表することにより、公共の利益を害することが大きい場合には、原告は、公務員の証人尋問以外の証拠方法によって、裁判の真実追究の利益を守るほかはないとする趣旨である。

そこで、被告は、本件尋問事項が職務上の秘密に当たるかどうかの判断に当たって、証言として公表することが、国家公共の福祉と利益を害するか、あるいは公務の遂行を不能または著しく困難にする事情があるかどうかを十分に考慮した上、右の事情があるものと判断して、本件処分をしたのであり、本件処分は適法である。

(二) 手続的違法性について

(1) 原告の主張

本件尋問事項の一部または全部が職務上の秘密に当たるとしても、所轄庁の長は、原則として、その証言について許可することを拒めないのであるから(国家公務員法一〇〇条二項、三項)、特段の理由も示さず証言を不許可とした本件処分は違法である。

(2) 被告の主張

本件では、訴外新垣は、証言の拒絶に当たってその理由を疏明しているが、証言拒絶については、ある程度の疏明があれば、もはや証言拒絶の当否について裁判所が裁判をする余地はなく(民事訴訟法二八三条)、監督官庁に対し証人尋問の承認を求める手続をとることになる。してみれば、尋問事項が職務上の秘密に関する事項かどうかの実質的な判断権は裁判所にはなく、その点の判断は承認を求められた監督官庁に委ねられていると解すべきである。

よって、職務上の秘密に関する事項かどうかの実質的な判断権は、専ら当該監督官庁に属するのであって、当該監督官庁が承認を拒んだ場合には、特にその理由が付されていなくても、裁判所においてその当否を判断することはできない。

第三争点に対する判断

一  処分性について

1  行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解されるが、以下、本件処分が国民の権利義務に直接の影響を与えるものといえるかどうかという点について検討する。

2  原告は、本件処分により原告の憲法三二条に定める裁判を受ける権利が害される旨主張するが、憲法三二条において定められている裁判を受ける権利とは、何人も自己の権利または利益が不法に侵害されていると認めるときに、裁判所に対して、その主張の当否を判断し、その損害の救済に必要な措置をとることを求める権利を有することを意味し、同法八二条と相まって、純然たる訴訟事件の裁判については公開の法廷における対審及び判決によるべきことを保障したものであって、裁判所の組織、管轄、審級制、裁判権等の訴訟制度や訴訟手続は法律によって定められるものであるから、訴訟において、当事者が証人を申請し、証言を求めることのできる訴訟法上の地位は、裁判を受ける権利そのものではないから、これが憲法上保障された具体的権利であるということはできない。

3  次に、民事訴訟法上、わが国の裁判権に服する者は、証人として裁判所に出頭し、宣誓して、証言する義務いわゆる証人義務を負うところ(同法二七一条)、これは証拠に基づく正当な裁判をするのに協力すべき、国家に対する公法上の義務と解すべきであり、これを当事者の利益のために当事者に対して負担する訴訟法上ないし私法上の義務と解することはできない。

即ち、裁判所が証人義務を負う者に対して、証人として出頭し、宣誓し、証言することを求めたとしても、そのことからその証人がその申請をした当事者に対し、直接に、証人として出頭し、証言をする義務を負うことにはならないことはいうまでもなく、当事者は、裁判所に対し、証人に出頭、宣誓ないし証言するよう命ずべきことを申立てることができるにすぎないのである。

国家公務員法一〇〇条その他の関係法令(本件に即していえば、所得税法二四三条)は、国家公共の利益を守るために、公務員がその職務上知り得た秘密に関して守秘義務を課しており、民事訴訟法においても、公務員を証人として職務上の秘密について尋問する場合の当該公務員の監督官庁の承認(民事訴訟法二七二条一項)、職務上の秘密であるとの一応の疏明をした上での証言拒絶権(同法二八一条一項)を定めており、また、右承認を求める手続において、監督官庁が承認を拒否する場合にもその理由を示す必要はなく、裁判所は、証言拒絶の当否について裁判をすることがない(同法二八三条一項)等の点に鑑みると、以上のことは、公務員もしくは元公務員が職務上の秘密に関する事項につき証言を求められる場合にも妥当すると解される。

したがって、訴訟当事者が証人を申請し、その証言を求める訴訟法上の地位を、民事訴訟法上保護された法的権利と解することはできない。

なお、原告は、被告の本件処分により、原告はその主張を裏付ける唯一の証拠である証人を尋問する機会を奪われたことになるから、本件処分は、原告の裁判を受ける権利もしくはこれと密接な関連を有する法律上の利益に影響を与える旨主張するようであるが、右証人が唯一の証拠であるということもできないこと、また、前記公務員の証言拒絶に関する一連の規定の趣旨に照らせば、原告が主張する右利益が、法律上保護された法的権利と解することはできないのであり、原告の主張は採用できない。

4  以上のことから、本件処分が原告の権利義務に直接影響を与えるものでないことは明らかであり、行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分と解されないことはいうまでもない。

よって、原告の本件訴えは不適法である。

二  なお、前記のとおり、本件第二次訴訟は、原告敗訴の判決が確定していること(なお、前記のとおり、原告は、第一次訴訟の控訴審で、訴外安谷屋が虚偽の陳述をした旨主張し、過料の制裁を求める申立てをしたが、裁判所は職権の発動をしなかった。)からしても、原告には訴えの利益はないといわざるを得ない。

三  したがって、いずれにしてもその余の点を判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村元昭 生島恭子 高瀬順久)

別紙物件目録〈略〉

別紙尋問事項書〈略〉

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